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パシフィック231に乗ってパシフィック231を聴く
オネゲルの「パシフィック231」
スイスの作曲家であるオネゲルの「パシフィック231」は、蒸気機関車が走り出し、高速で疾走し、停まるまでの様子を描写した曲です。「交響的楽章第1番」という副題が付けられており(注1)、1923年に作曲され、1924年に初演されました。
自然や人物を題材としたクラシック音楽は非常に多いのですが、人工物が動作する様子を描写した曲は、数えるほどしかありません。有名な曲は以下のとおりです。
- ハイドン: 交響曲第101番第2楽章 (時計)
- ベートーヴェン: 交響曲第8番第2楽章 (メトロノーム)
- ヨハン・シュトラウスII世: 常動曲 (機械一般)
- アンダーソン: シンコペイテッド・クロック (時計)
- アンダーソン: タイプライター
- アンダーソン: サンドペーパー・バレエ (紙やすり)
- オネゲル: パシフィック231 (蒸気機関車)
- ウォルトン: スピットファイア (戦闘機)
- グローフェ: 組曲「ナイアガラ大瀑布」〜第4曲「ナイアガラの力-1961」 (水力発電所)
この曲のスコア(総譜)の表紙には、「PACIFIC 231」と表題が付いていますが、曲の始まりのページ(p.1)を見ると、「PACIFIC (231)」と書いてあります。「231」が括弧でくくられているのに注目しましょう。すなわち、「231」は「パシフィック」を言い換えたものであり、両者は同じ意味をもつ言葉なのです(注2)。
「231」とは、欧州での蒸気機関車の軸配置の表記法です。先輪2軸、動輪3軸、従輪1軸のことであり、通常は「2-3-1」と表記します(注3)。日本では動輪の軸数にアルファベットを使って「2C1」と表記し、米国では軸数ではなく車輪数を使うのでそれぞれ2倍になって「4-6-2」と表記します。
さらに米国では、主な軸配置に名称が付いており、4-6-2に付けられた名称が「パシフィック」だったのです(注4)。アメリカ大陸横断列車を題材にした曲なので「パシフィック」という名称を使ったのですが、軸配置は地元の欧州式になっています。アメリカ人だったら「パシフィック4-6-2」で、日本人だったら「パシフィック2C1」になっていたかもしれませんね。
日本でパシフィック型蒸気機関車に乗る
早速「パシフィック231に乗ってパシフィック231を聴く」のを実現することにしました。
国鉄型蒸気機関車で2C1の軸配置のものは、8900、C51、C52、C53、C54、C55、C57、C59の8形式です。この中で、現在も臨時列車として旅客営業しているのは、
- C57 1 (主にJR西日本の山口線で「SLやまぐち号」として運転)
- C57 180 (主にJR東日本の磐越西線で「SLばんえつ物語号」として運転)
の2機のみです。ところが、横浜から出かけるとなると、1号機に会いに行くには1泊2日の旅になります。180号機なら日帰りも可能ですが、かなりの強行軍になります。
そこで、もっと楽をしてパシフィック型に乗ることを考えました。
東京から東海道線に乗ると、大森を過ぎてすぐの左手に、蒸気機関車が保存されている公園があるのを思い出しました。そこで、次に電車に乗ったときに、どの形式なのかを目を凝らして観察すると、C57でした。パシフィック型です。柵で囲ってあって乗ることができないかもしれませんが、とりあえず行ってみることにしました。
よく晴れたある日、京浜東北線の大森駅で電車を降りました。東口を出て、蒲田方面へ線路沿いの道を歩きます。10分ぐらい歩くと、C57が見えてきました。
まず、機関車の周りを一周して、じっくりと撮影しました。C57は「貴婦人」という愛称を持ち、均整のとれた容姿が特徴です。運転台に上がる階段があり、中に入ることもできます。
オネゲルが題材にした機関車は300トンですが、C57は燃料や水を積載した状態で、機関車と炭水車を合わせても115トンしかありません。しかしながら、目の前のC57はかなりの重量感があるように感じられます。現在、JRで最も重い車輌は、2車体構造の電気機関車のEH200とEH500(ともに134トン)ですので、300トンというのがいかに重いのかがわかるでしょう。これは、山手線(E231系500番台)の11両編成に相当します。
そして、今日のメイン・イベントになります。持ってきたフラッシュ・メモリ型携帯音楽プレーヤーには、オネゲルの音楽が入っています。そして、万が一のためにMDウォークマンも準備してあり、万全の態勢です。
C57の傍のベンチに座って、ヘッドホンを装着して、音楽を聴き始めます。機関車が動き始めるところまで音楽が進んだとき、私も立ち上がり、先ほどと同じように機関車を眺めながら周りを一周しました。音楽を聴いていなかったときと比べると、機関車に対する印象もかなり違ってきます。運転台に上がってみると、運転が想像を絶する重労働であった当時が思い出されます。再びベンチに座ってC57を眺めていると、この機関車が疾走する光景が頭の中に広がります。もう一度この曲を聴いてから、公園を出て大森駅へ向かいました。
この企画を思いついたときには、私自身「下らない企画だなあ」と感じました。しかし、こうやって実行に移してみると、いつもと違う環境で音楽鑑賞ができて、とても新鮮な気分になりました。
次は、C57が牽く列車に乗って、走行中に「パシフィック231」を聴くのを実行したいと思っています。
※新潟に移住しましたので、「SLばんえつ物語号」の乗車実現に一歩近づきました。
写真1: C57 66の正面
右側の架線柱は、東海道本線のものです。
写真2: C57 66の右側側面
右から2-3-1の軸配置になっているのがよく分かります。
大森のパシフィック
- 入新井西交通公園で保存されています。
- 公開時間は8時30分から16時30分までです。それ以外はフェンスが閉まります。
- 動輪の部分は線路ではなくローラーになっており、1日に2〜4回、決まった時間に動輪をゆっくり動かしています。
首都圏のパシフィック
- C51 5 (埼玉県さいたま市, JR東日本 鉄道博物館)
- C57 26 (埼玉県行田市, 行田市役所)
- C57 57 (東京都世田谷区, 大蔵運動公園)
- C57 66 (東京都大田区, 入新井西交通公園)
- C57 135 (埼玉県さいたま市, JR東日本 鉄道博物館)
- C57 186 (東京都小金井市, 小金井公園)
(注)
- 「交響的運動」と訳すべきだとする説もあります。参考文献11を参照。
- スコアの前文には、「パシフィック型の231号機」と書いてありますが、これは誤りです。
- 炭水車(テンダー)付の蒸気機関車の場合、炭水車の軸は含めません。
- パシフィックの他、アンチ・パシフィック(1C2, C11など)、ハドソン(2C2, C62など)、ミカドまたはマッカーサー(1D1, D51など)、プレイリー(1C1, C58など)、モーガル(1C, C56など)などがあります。参考文献6,7を参照。
(参考文献)
- Honegger, Artur, Pacific 231 - Mouvement Symphonique (楽譜, 管弦楽スコア), Editions Salabert, 1924, Paris.
- オネゲル『パシフィック231』(音楽CD), シャルル・デュトワ指揮バイエルン放送交響楽団, 1985年録音, ERATO ECD88171.
- 村山伸行「C57 11 私のパシフィック231 (1/80, 13mm)」, 『鉄道模型趣味』, 通巻505号(1988年9月号), 機芸出版社, pp.81-82,84-87.
- 「特集: 機関車C55・C57」, 『鉄道ファン』, 通巻438号(1997年10月号), 交友社, pp.8-51.
- 「特集: リバイバル国鉄型蒸機」, 『鉄道ファン』, 通巻460号(1999年8月号), 交友社, pp.8-57.
- 「特集: 国鉄型蒸気機関車」, 『鉄道ファン』, 通巻538号(2006年2月号), 交友社, pp.5-82.
- 「機関車の形式称号」, 『KATO鉄道模型総合カタログ』, 関水金属, 2004年, p.30.
- 『JR全車両ハンドブック2006』, ネコ・パブリッシング, 2006年, ISBN:9784777004539
.
- JR東日本 鉄道博物館, http://www.railway-museum.jp/.
- 『「貴婦人」達は今・・』, http://c571steamlocomotive.web.fc2.com/C571/shiryo/c57list.htm, in 『C57 1「貴婦人、躍動!!」』, http://c571steamlocomotive.web.fc2.com/C571/.
- 『疾駆する鉄の怪物』, http://www.geocities.jp/matoba_h/headz/20020107.htm, in 『的場博信の趣味のページ』http://www.geocities.jp/matoba_h/.
- 『パシフィック231』, http://www7a.biglobe.ne.jp/~thealmostforgottenrite/pacific231.htm, in 『ほとんど忘れられた儀式 - mp3で聞く20世紀の管弦楽曲』, http://www7a.biglobe.ne.jp/~thealmostforgottenrite/.
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Created Date: 2006-12-09; Last Modified: 2007-10-14.