パシフィック231に乗ってパシフィック231を聴く

オネゲルの「パシフィック231」

スイスの作曲家であるオネゲルの「パシフィック231」は、蒸気機関車が走り出し、高速で疾走し、停まるまでの様子を描写した曲です。「交響的楽章第1番」という副題が付けられており(注1)、1923年に作曲され、1924年に初演されました。

自然や人物を題材としたクラシック音楽は非常に多いのですが、人工物が動作する様子を描写した曲は、数えるほどしかありません。有名な曲は以下のとおりです。

この曲のスコア(総譜)の表紙には、「PACIFIC 231」と表題が付いていますが、曲の始まりのページ(p.1)を見ると、「PACIFIC (231)」と書いてあります。「231」が括弧でくくられているのに注目しましょう。すなわち、「231」は「パシフィック」を言い換えたものであり、両者は同じ意味をもつ言葉なのです(注2)。

「231」とは、欧州での蒸気機関車の軸配置の表記法です。先輪2軸、動輪3軸、従輪1軸のことであり、通常は「2-3-1」と表記します(注3)。日本では動輪の軸数にアルファベットを使って「2C1」と表記し、米国では軸数ではなく車輪数を使うのでそれぞれ2倍になって「4-6-2」と表記します。

さらに米国では、主な軸配置に名称が付いており、4-6-2に付けられた名称が「パシフィック」だったのです(注4)。アメリカ大陸横断列車を題材にした曲なので「パシフィック」という名称を使ったのですが、軸配置は地元の欧州式になっています。アメリカ人だったら「パシフィック4-6-2」で、日本人だったら「パシフィック2C1」になっていたかもしれませんね。

日本でパシフィック型蒸気機関車に乗る

早速「パシフィック231に乗ってパシフィック231を聴く」のを実現することにしました。

国鉄型蒸気機関車で2C1の軸配置のものは、8900、C51、C52、C53、C54、C55、C57、C59の8形式です。この中で、現在も臨時列車として旅客営業しているのは、

の2機のみです。ところが、横浜から出かけるとなると、1号機に会いに行くには1泊2日の旅になります。180号機なら日帰りも可能ですが、かなりの強行軍になります。

そこで、もっと楽をしてパシフィック型に乗ることを考えました。

東京から東海道線に乗ると、大森を過ぎてすぐの左手に、蒸気機関車が保存されている公園があるのを思い出しました。そこで、次に電車に乗ったときに、どの形式なのかを目を凝らして観察すると、C57でした。パシフィック型です。柵で囲ってあって乗ることができないかもしれませんが、とりあえず行ってみることにしました。

よく晴れたある日、京浜東北線の大森駅で電車を降りました。東口を出て、蒲田方面へ線路沿いの道を歩きます。10分ぐらい歩くと、C57が見えてきました。

まず、機関車の周りを一周して、じっくりと撮影しました。C57は「貴婦人」という愛称を持ち、均整のとれた容姿が特徴です。運転台に上がる階段があり、中に入ることもできます。

オネゲルが題材にした機関車は300トンですが、C57は燃料や水を積載した状態で、機関車と炭水車を合わせても115トンしかありません。しかしながら、目の前のC57はかなりの重量感があるように感じられます。現在、JRで最も重い車輌は、2車体構造の電気機関車のEH200とEH500(ともに134トン)ですので、300トンというのがいかに重いのかがわかるでしょう。これは、山手線(E231系500番台)の11両編成に相当します。

そして、今日のメイン・イベントになります。持ってきたフラッシュ・メモリ型携帯音楽プレーヤーには、オネゲルの音楽が入っています。そして、万が一のためにMDウォークマンも準備してあり、万全の態勢です。

C57の傍のベンチに座って、ヘッドホンを装着して、音楽を聴き始めます。機関車が動き始めるところまで音楽が進んだとき、私も立ち上がり、先ほどと同じように機関車を眺めながら周りを一周しました。音楽を聴いていなかったときと比べると、機関車に対する印象もかなり違ってきます。運転台に上がってみると、運転が想像を絶する重労働であった当時が思い出されます。再びベンチに座ってC57を眺めていると、この機関車が疾走する光景が頭の中に広がります。もう一度この曲を聴いてから、公園を出て大森駅へ向かいました。

この企画を思いついたときには、私自身「下らない企画だなあ」と感じました。しかし、こうやって実行に移してみると、いつもと違う環境で音楽鑑賞ができて、とても新鮮な気分になりました。

次は、C57が牽く列車に乗って、走行中に「パシフィック231」を聴くのを実行したいと思っています。

※新潟に移住しましたので、「SLばんえつ物語号」の乗車実現に一歩近づきました。

_ 写真1: C57 66の正面
右側の架線柱は、東海道本線のものです。

_ 写真2: C57 66の右側側面
右から2-3-1の軸配置になっているのがよく分かります。


大森のパシフィック

首都圏のパシフィック


(注)

  1. 「交響的運動」と訳すべきだとする説もあります。参考文献11を参照。
  2. スコアの前文には、「パシフィック型の231号機」と書いてありますが、これは誤りです。
  3. 炭水車(テンダー)付の蒸気機関車の場合、炭水車の軸は含めません。
  4. パシフィックの他、アンチ・パシフィック(1C2, C11など)、ハドソン(2C2, C62など)、ミカドまたはマッカーサー(1D1, D51など)、プレイリー(1C1, C58など)、モーガル(1C, C56など)などがあります。参考文献6,7を参照。

(参考文献)

  1. Honegger, Artur, Pacific 231 - Mouvement Symphonique (楽譜, 管弦楽スコア), Editions Salabert, 1924, Paris.
  2. オネゲル『パシフィック231』(音楽CD), シャルル・デュトワ指揮バイエルン放送交響楽団, 1985年録音, ERATO ECD88171.
  3. 村山伸行「C57 11 私のパシフィック231 (1/80, 13mm)」, 『鉄道模型趣味』, 通巻505号(1988年9月号), 機芸出版社, pp.81-82,84-87.
  4. 「特集: 機関車C55・C57」, 『鉄道ファン』, 通巻438号(1997年10月号), 交友社, pp.8-51.
  5. 「特集: リバイバル国鉄型蒸機」, 『鉄道ファン』, 通巻460号(1999年8月号), 交友社, pp.8-57.
  6. 「特集: 国鉄型蒸気機関車」, 『鉄道ファン』, 通巻538号(2006年2月号), 交友社, pp.5-82.
  7. 「機関車の形式称号」, 『KATO鉄道模型総合カタログ』, 関水金属, 2004年, p.30.
  8. 『JR全車両ハンドブック2006』, ネコ・パブリッシング, 2006年, ISBN:9784777004539_ .
  9. JR東日本 鉄道博物館, http://www.railway-museum.jp/.
  10. 『「貴婦人」達は今・・』, http://c571steamlocomotive.web.fc2.com/C571/shiryo/c57list.htm, in 『C57 1「貴婦人、躍動!!」』, http://c571steamlocomotive.web.fc2.com/C571/.
  11. 『疾駆する鉄の怪物』, http://www.geocities.jp/matoba_h/headz/20020107.htm, in 『的場博信の趣味のページ』http://www.geocities.jp/matoba_h/.
  12. 『パシフィック231』, http://www7a.biglobe.ne.jp/~thealmostforgottenrite/pacific231.htm, in 『ほとんど忘れられた儀式 - mp3で聞く20世紀の管弦楽曲』, http://www7a.biglobe.ne.jp/~thealmostforgottenrite/.


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