管理会計入門書の帯からの挑戦状

田中靖浩氏の『実学入門 儲けるための会計 強い経営をつくる管理会計入門』という本を買いました。

実は、この本が出たときから、私は非常に気になっていました。というのは、管理会計の第一目的は利益獲得、つまり儲けることであると考えているからです。もう少し丁寧にいうと「企業の利益増加に寄与する会計情報を提供すること」です。

さて、この本を手に取ると、帯に書いてある問題文が眼に入りました。帯を無くしてしまった人や、もともと帯が無い本を買った人は、「はじめに」(ivページ)にも同じような問題が書いてありますのでご安心を。

帯に書いてある問題

Q. 原価10万円の商品を9万円で売ると......

(a) 1万円の損
(b) 2万円の儲け

→答えは95-96ページ

常識で考えれば、どうみても(a)が正解です。しかし、(b)が正解となる考え方があるというのがこの本の意図のようです。管理会計を長年勉強してきた私には、この問題が挑戦状に思えてきました。そこで、答えを見る前に一部改題して解いてみることにしました。

一部改題した問題

「原価10万円の商品を9万円で売ると、(a)1万円の損と(b)2万円の儲けのどちらになるか?」という問いに対して、(b)と答える場合の理由を考えてみましょう。なお、考える際に、問題文に書いていない仮定を設定しても構いません。

私は、4つの回答を考えました。さあ、みなさんも考えてみましょう。

回答1 (補助金説)

この商品を売ると政府(または地方自治体など)から3万円の補助金が得られると仮定する。そうすると、9-10+3で2万円の儲けになる。

回答2 (保守料説)

この商品はソフトウェアであると仮定する。9万円の他に年間保守料が1万円かかり、年間保守料を3回もらうことが期待できる。また、保守料に対する原価は0円である。そうすると、9+1+1+1-10で2万円の儲けになる。
※保守料に対する原価が0円であるのが現実的でないと思うならば、年間保守料が1万2千円で、保守料に対する原価が2千円、と考えても結果は同じである。

でも、回答1と回答2は管理会計の発想とは云えません。なぜなら、回答1は、はじめから「原価7万円」と書くのが適切だからです。回答2も同様に「売上12万円」にすべきです。

回答3 (タイムラグ説)

この商品は売上金を前もって受け取ることができ、原価に相当するお金を払うのがかなり後になると仮定する。

今、売上金(9万円)を全額受け取り、3年後に原価相当額(10万円)を全額支払うとしよう。原価相当額を年利12.5%として現在の価値に割り引くと、100000/(1+0.125)3=70233なので約7万円になる。そうすると、9-7で2万円の儲けになる。
※支払を4年後にして年利9.25%で割り引いても、100000/(1+0.0925)4=70196なので約7万円になる。

回答4 (機会損失説)

この商品は鮮度があり、時間の経過とともに激しく劣化すると仮定する。

市場の相場の状況等から判断すると、今、この商品を、原価の10万円以上で売ることは困難である。仮に10万円以上の値段をつけたら、誰も買ってくれないだろう。9万円ならば確実に売れるだろう。しかし、もし今売れ残ってしまったならば、この商品は陳腐化してしまうため、7万円まで値下げしなければ売ることができない。

以上から、次の2つの代替案が考えられる。

[案1] 今、9万円で売った場合は、9-10で1万円の損失。
[案2] 10万円以上の値段のままにして売れ残ってしまい、後日7万円で売った場合は、7-10で3万円の損失。

もし、[案1]を断念して[案2]を採用した場合、[案1]よりも2万円損することになる。逆に、[案1]のほうが2万円の儲けになる。

回答3と回答4は管理会計の考え方ですが、入門書にしては難しい答えだと思いました。それに、回答3のような取引は、実務上はありえないでしょう。

そして、本の回答を見てみました。結果は...

本の回答を加筆修正したもの (限界利益説)

現在の生産量では、変動費が7万円、1個当たりの固定費が3万円であるとする。このとき、長期的な取引をしない顧客から「9万円で1個作ってくれ」という臨時的な注文を受けた。

現在の生産量で固定費を既に回収しているとすれば、9万円で受注しても、限界利益(売上から変動費を引いたもの)の2万円が全て利益になる。

そうすると、回答3と4は著者よりも深読みしてしまったことになります。

管理会計を少し勉強すれば、「直接原価計算、変動費、固定費、限界利益、損益分岐点、CVP分析」などのキーワードを必ず見るはずです。しかし、このような問題に出会ったときにすぐにこれらのキーワードを思い浮かべて、本に書いてある回答に行き着くことができてはじめて、限界利益についての知識が身に付いたといえるのではないでしょうか?

私もまだまだ修行が足りないようです。


(参考文献)

  1. 田中靖浩『実学入門 儲けるための会計 強い経営をつくる管理会計入門』, 日本経済新聞社, 2004年, ISBN:9784532310653_.


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